パワハラと比較してセクハラは、男性加害者、女性被害者という構図が圧倒的に多いです。
「ほとんどの女性が性被害やセクハラ被害にあった経験がある」
というと、この構図の中で悪者にされてしまう男性からは、
「大げさなんじゃないの」
とか
「冤罪もあるんじゃないの」
といった意見が出てきます。
実際には、女性のうち約3割が職場でセクハラの被害にあったと回答しています。
セクハラの被害を受け、会社が真っ当に対応してくれない場合には、全力で転職活動しましょう。
SNSなどで個人にも拡散力がある世の中で、ときには世間的に有名な方が、セクハラをしてしまい社会的に失脚してしまうこともあります。
今回は、セクハラのリテラシーを正しく身につけていただけるよう、セクハラ防止法やセクハラ問題の特徴をご紹介します。

セクハラに関する法律がつくられた背景
たたかってくれた先輩たち

1986年に男女雇用機会均等法が始まると、女性は「総合職」か「一般職」として採用されるようになりました。
それまでは、おそらく大企業では特に、結婚したら仕事をやめる女性が大半でした。
当時就職活動をした方によると、均等法が施行されても短大卒の女性の方が好まれ、名の知れた企業に就職することができたそうです。
一方、四大卒の女性は、就職活動に苦労したという矛盾が生じていました。
こうして「男社会」放たれた女性たちは、その男社会で「男として」生きるか、女として苦労しながら生きるかを迫られました。
1989年、最初に裁判という場でたたかったのは、福岡の出版社に勤める女性(X)でした。
アルバイトとして入社したあと正社員となり、雑誌編集の経験と能力を買われてさまざまな仕事を任されるようになった原告Xを妬んだYが、異性関係の噂を流したり、直接私生活を揶揄するなどの言動を行いました。
会社は、両者から報告や訴えを受けていましたが、個人的な問題として適切な対応をせず、先に面談したXに「話し合いが折り合わなければ退職してもらうことになる」と伝え、結局Xは退職するに至りました。
Yの言動はXに性暴力を直接働くという類いのものではありませんでしたが、個人的な性生活や性向に関してあることないこと発言し、職場にいづらくさせたことがセクハラ(不法行為)と認定され、また、会社が適切な対応をしなかったことについても責任を問われたのです。
慰謝料としては150万円の支払いが命じられました。(福岡出版社事件 福岡地判 平4.4.16)
他にも名も知れぬ方々が、性的な言動や環境に我慢したり、逃げたり、あしらったり、受け入れざるを得なかったのではないかと思います。
時代は変わったのだろうか?
今、あまりにも極端ではちゃめちゃな職場(卑猥なポスターを貼ったりだとか)は、数としては減ったのかもしれません。
でも、勤めていた企業の社長にセクハラをする噂があって実際に失脚してしまったとか、職場の飲み会のあと上司と乗ったタクシーで手を握られたとかいう話は、普通に友人たちから聞きます。
2015年に25歳〜44歳だった女性(1990年〜1971年生まれ)を対象とした調査によると、そのうち28.7%の方がセクハラを経験しています。

正社員全体で見ると34.7%、(なぜか)1,000人以上の企業では39.6%と高い割合となっています。
原因は不明ですが、企業規模が大きければ異動や転勤もありますし、人の目がない場も多いからかもしれません。
大企業の方が研修がしっかりしているとか、採用過程が厳しいといったことは関係ないようです。
セクハラの法律とは?
セクハラの定義を確認しよう

今でも残念ながらめずらしくないセクハラですが、性的な言動は業務にまったく関係ないので、言い訳ができません。
リスク管理(セクハラをしない、させない)のためにも、セクハラの定義と具体例を知っておきましょう。
まず、職場におけるセクハラは、次のように定義されています。(男女雇用機会均等法第11条)
- 性的な言動に対して何らかの反応をすることで労働条件において不利益を受けること
- 性的な言動により労働者の就業環境が害されること
セクハラ定義の注意点
ここでいう「職場」は、普段働く場所だけに限られません。取引先との打ち合わせや接待の場、飲み会の場も含まれます。
「労働者」は正社員だけに限られず、パートタイマーや契約社員、派遣労働者などのいわゆる非正規社員も「労働者」です。
「性的な言動」には、次のような言動が該当します。
- 性的な事実関係を尋ねること
- 性的な内容の情報を意図的に流布すること
- 性的な関係を強要すること
- 必要なく身体に触ること
- わいせつな図画を配布すること など
セクハラ言動の類型

セクハラ定義の1と2は、「対価型」と「環境型」という風に呼ばれています。
1の対価型の具体例は、次のようなものです。
- 事務所内において経営者が従業員に対して性的な関係を要求したが拒否されたため、解雇した。
- 出張中の車中において上司が部下の腰や胸に触ったが抵抗されたため、腹いせに配置転換した。
- 営業所内において経営者が日頃から従業員の性的な事柄について公然と発言していたが抗議されたため、降格した。
一方、2の環境型の具体例は、次のようなものです。
- 事務所内において上司が部下の腰や胸に度々触ったことを苦痛に感じて、部下の就業意欲が低下していること。
- 取引先において同僚の性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したことを苦痛に感じて、仕事が手につかないこと。
- 周囲が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示していることに苦痛に感じて業務に専念できないこと。
簡単にいうと、1は性的な誘いに応じなかったので労働条件を下げられること、2はセクハラに我慢して仕事に集中できないことをいいます。
性的なことは業務に関係ないので、パワハラよりセクハラは判断しやすいと思います。
会社に義務づけられていること
セクハラ防止措置を講じなければならない

残念ながら、セクハラについて定められている男女雇用機会均等法は、労働基準法とは異なり、
「会社でセクハラがありました。はい、会社に罰則を科します。罰金を払ってください。」
という立てつけにはなっていません。
同じ性的言動であっても関係性や背景によって程度や被害が変わってきますので、一律にルールを決めることはできないのです。
したがって、男女雇用機会均等法では、「会社がセクハラ防止のための措置を講じてくださいね」とお願いするにとどまっています。
会社がやらなければならない、セクハラ防止のための措置は次の3つです。
- セクハラを行ってはならないという会社の方針を明らかにして、それを周知・啓発すること
- セクハラに関する相談や苦情に適切に対応するための体制を整えること
- セクハラ問題が発生したら、速やかに適切に対応すること
1は、最低限、就業規則の服務規律と懲戒規定を整備し、従業員に周知することが必要です。一番大事なのはトップの姿勢で、その姿勢がセクハラを許さない社風となるか、許容してしまう社風となるかを決めると思います。
2は、一言でいうと相談窓口の整備なのですが、実際には報復が怖くて相談することはかなりハードルが高いです。会社としては、いかに従業員の意見を集めるかが課題です。匿名で相談できるシステムを導入したり、外部に相談窓口を設けることも考えられます。
3は、相談があったら調査したりヒアリングをして、セクハラがあったかどうかを認定し、加害者の処分を決定したり被害者のフォローを行うことです。初動が大事なので、相談窓口の担当者をどのような人に任せるかも重要です。
セクハラ対策をしていない会社はどうなる?
セクハラ防止措置を講じていない会社は、都道府県労働局長から報告を求められたり、助言・指導・勧告がなされます。(男女雇用機会均等法第29条)
勧告に従わなければ、企業名が公表されることになっています。(男女雇用機会均等法第30条)
男女雇用機会均等法において指導が行われた会社の数は次の表の通りです。
2019年度の1年間に、セクハラについては約4,700件の是正指導がなされています。(厚生労働省「令和元年度都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況」より作成)
是正指導の対象/年度 | 2017 | 2018 | 2019 |
---|---|---|---|
募集・採用 (第5条関係) | 59 (0.4%) | 60 (0.4%) | 62 (0.4%) |
配置・昇進・降格・教育訓練等 (第6条関係) | 30 (0.2%) | 26 (0.2%) | 16 (0.1%) |
間接差別 (第7条関係) | 0 (0.0%) | 1 (0.0%) | 1 (0.0%) |
婚姻、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い (第9条関係) | 35 (0.2%) | 39 (0.2%) | 40 (0.3%) |
セクシュアルハラスメント (第11条関係) | 4,458 (30.5%) | 4,953 (30.0%) | 4,671 (29.5%) |
妊娠・出産等に関するハラスメント (第11条の2関係) | 5,764 (39.5%) | 6,008 (36.4%) | 5,662 (35.8%) |
母性健康管理 (第12条、第13条関係) | 4,248 (29.1%) | 5,411 (32.8%) | 5,366 (33.9%) |
その他 | 1 (0.0%) | 2 (0.0%) | 4 (0.0%) |
合計 | 14,595 (100.0%) | 16,500 (100.0%) | 15,822 (100.0%) |
裁判ではどのようなことが争われているか

明らかに一方的な性暴力であればともかく、セクハラは、「合意があった」とか「恋愛関係にあった」かどうかについて争われるというところに、パワハラやマタハラとは違った特徴があります。
被害者心理の知見が蓄積される前は、被害者が身体的な抵抗や明確な拒絶をしていなければ、それは合意だったのだと判断されることもありました。
しかし現在では、職場では上下関係があることからも、多くの被害者はセクハラを明確に拒絶できる状態ではないという心理が丁寧に検討され、判断が下される事例が多くなりました。
被害者の日記や録音が証拠として採用される事例もあり、加害者による「合意だった」という主張を通すことは難しくなっています。
ここでは、被害者と加害者の関係が合意に基づくものであったかについて争われた事例を紹介します。
- 控訴審で被害者の訴えが認められた例
学会に出席するために宿泊したホテルで、被告Yが原告Xの部屋を訪れベッドに押し倒した。Xは両手で抵抗して床に転げ落ち、テーブルの反対側に回ったところ、Yはそれ以上の行為はしなかった。第一審では、XがYに退去を求めていないことやYを非難するという言動に出ていないから、被害者の態度として不自然だとされた。控訴審では、性暴力にあったときに身体で直接的な抵抗ができる者は被害者のうちの一部であること、職場での上下関係から友好的関係を保つための抑圧が働くことなどが併せて判断され、慰謝料150万円の支払いが命じられた。(秋田N短期大学事件 仙台高秋田支判 平10.12.10) - 控訴審で合意が否定された例
原告Xが勤めていた会社の代表者Yに強姦されたと主張。第一審では、嫌なのであれば断ることも十分可能であったところ、Xが拒絶的な態度をとっておらず合意の上での性交渉だと判断された。控訴審では、人事権を有する会社の代表者の要求に対して心理的に拒絶することが困難な状況であり、Xが性行為を受け入れたからといってXの自由な意思に基づく同意があったとは認めることはできないとされ、慰謝料300万円の支払いが命じられた。(M社事件 東京高判 平24.8.29) - 上下関係から抵抗や抗議ができなかったと判断された例
パートタイマーであったAを食事に誘った正社員Xが、飲食終了後、自動車の助手席に座らせ、5秒〜10秒にわたりキスをしたり、「付き合ってほしい」などと述べた。Aが会社の窓口に相談したところXは諭旨退職処分となった。先輩、後輩という関係のみの私的な人間関係がない状態で及んだ行為であり、Aに多大な心理的負荷を与えて業務遂行を著しく阻害しており、企業秩序を甚だしく乱している。Aが即座に抵抗や抗議できなかったことに、Yがはるかに優越的な地位にあったことが影響したことが容易に推認されることからも、諭旨解雇は相当であると判断された。(上新電機事件 大阪地判 平25.5.30)
女性から男性へのセクハラ、同性同士のセクハラ
権力を持った女性が男性にキスしている写真が一時話題になりました。
女性が加害者になる事例の割合は少なく、統計資料もないものの、ゼロであるわけではありません。
女性だからといって性的な言動で相手を不快にさせていいわけではないのは、当然のことです。
性別にかかわらず、性的な言動は業務に必要ありません。
まとめ
- セクハラには、2つの類型がある。性的な誘いに応じなかったので労働条件を下げられることと、セクハラに我慢して仕事に集中できないこと。
- 会社はセクハラ防止のために、会社の方針を明確にして周知すること、相談窓口を整備すること、セクハラ問題が生じたら速やかに適切に対処することが義務づけられている。
- 職場には上下関係があり、被害者の多くが明確な拒絶をできないことは共通認識になってきているため、「合意であった」という主張を通すのは難しい。
- 女性は男性にセクハラ加害をしていいわけではない。性別にかかわらず性的な言動は業務に不要。
- 厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ず べき措置についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)」
- 厚生労働省「令和元年度都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での法施行状況」
- 労働政策研究・研修機構「妊娠等を理由とする不利益取扱い及びセクシュアルハラスメントに関する実態調査」(2015年)