社労士のシモデ(@sr_shmd)です。
ハラスメントされた女性が後から被害を訴えるケースに対して
女性も嫌だったら「やめてください!」って拒否するんじゃない? 拒否してないってことは、少しは合意する気持ちがあったんだろう。大人なんだから後から文句を言うのはなしでしょ。
とある知人の男性から言われたことがあります。
それを聞いて私は
ハラスメントが嫌だと思っても苦笑いくらいが精一杯で、「嫌です」とか「やめてください」と言えたことはないなあ。私がおかしいのだろうか・・・
と、自分を責めてしまいました。
ところがいろいろと調べていくうちに、ハラスメントに対してはっきり「NO」と言えない被害者心理が、裁判例の蓄積により明らかになっていることが分かりました。
この記事では、ハラスメントの被害者が加害者に対して迎合してしまうことやハッキリと拒否できないという事実について紹介します。
この記事は次のような人にオススメです!
- ハラスメント被害に困っている人
- ハラスメント被害で自分を責めてしまう人
- ハラスメントをしないように気をつけたい人
「合意」ではなく「迎合」という真実
合意ではなくご機嫌取り
性暴力やセクハラについて裁判で争われるとき、加害者とされる男性が「合意の上の恋愛だった」と主張することがしばしばあります。
合意の上の関係だったかどうかは、メールのやり取りや会話の録音から検討されます。
これらの証拠の中には
今日もありがとうございました。お会いできて嬉しかったです
といった、一見良好な関係と思われるメッセージを女性が送っていることがあります。
当初は裁判においても
好意的なメールを送っていることから、あなたも彼のことが好きで合意の上の恋愛だったのですね
と判断されることがありました。
しかしながら、多数の裁判で被害者の心理が丁寧に検討されたことにより、現在では、しつこく無理強いされていた性暴力やセクハラが少しでも軽く済むように、被害者は相手の機嫌を取るような言動をすることが明らかになっています。
「迎合メール」はもはや常識!
もしも職場のハラスメントによって精神疾患を発症した場合、被害者は労災保険(労災)を申請することが可能です。
労働災害を認定するときには、まずは職場でハラスメント言動があったかどうかが判断されます。
労災認定の判断基準には、以下のように明記されています。
セクシュアルハラスメントの被害者は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントの行為者からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実がセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号 平成23年12月26日)
つまり、被害者が送ったメールに一見加害者に対して好意があるかのような文章があったとしても、それをもってセクハラはなかった、あるいは合意の上の恋愛だったと判断する理由にはならないということです。
「迎合メール」は合意の証拠にはなりません
セクハラ問題において合意を主張することの危険性については、以下の記事をご覧ください。
なお、ときどき
会社には「うちでは労災申請できない」と言われてしまいました
という相談を受けますが、それはまずあり得ません。
1人でも従業員を雇っている会社は労災保険への加入が義務付けられています。
労災は個人でも申請することが可能です。
会社に「労災申請はできない」と言われてしまったら、労働基準監督署に相談してみましょう。
拒否よりも命を守ることが優先される
女性の拒否メッセージはあいまい
ハラスメントの被害者が嫌だと思いながらも加害者に好意的なメッセージを送ることを信じられない方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、被害者が加害者に迎合してしまうという事実は、日本でのみ認められているわけではないのです。
アメリカにおけるセクハラ問題研究の第一人者であるキャサリン・マッキノンさんは、次のように述べています。
女性の最も普通の反応は、起きたこと全体を無視するように努めつつ、見かけは喜んでいるように見せてたくみに男性のメンツを立ててやり、それで男性が満足して止めてくれるだろうと期待する、というものである。
女性がはっきり「NO」と言わないのは、望まない、不快で性的な誘いや働きかけに「逆らわずにいる」ことで女性は拒否のメッセージをあらわそうとする傾向を持っているためだそうです。
また、アメリカでの強姦被害者の対処行動に関する研究でも、同じようなことが指摘されています。
強姦の脅迫を受け、または強姦される時点において、逃げたり、声を上げることによって強姦を防ごうとする直接的な行動(身体的抵抗)をとる者は被害者のうちの一部である。
身体的または心理的麻痺状態に陥る者、どうすれば安全に逃げられるか、または加害者をどうやって落ち着かせようかという選択可能な対応方法について考えを巡らす(認識的判断)にとどまる者、その状況から逃れるために加害者と会話を続けようとしたり、加害者の気持ちを変えるための説得をしよう(言語的戦略)とする者があると言われている。
逃げたり声を上げたりすることが一般的な対応であるとは限らないと言われている。
特に、職場における性的自由の侵害行為の場合には、職場での上下関係(上司と部下の関係)による抑圧や、同僚との友好関係を保つための抑圧が働き、これが、被害者が必ずしも身体的抵抗という手段を取らない要因として働くことが認められる。
拒否できなくても自分を責める必要はない
ハラスメントの加害者に対して被害者が迎合メールを送ってしまうことや身体的抵抗を取れないことの理由について言及されている書籍や資料は、まだ見つけられていません。
ただ、ハラスメントに対して明確に拒否の意思を示すことができないことについては、「日本女性の奥ゆかしさ」が理由なのではないことが分かります。
少し考えてみれば、これは当然のことだと思います。
男女には圧倒的な筋力の差があります。
命を落とすか、あるいは苦しみを受け入れて生きるかの選択を迫られたときに、自分では理由が分からなかったとしても(後に苦しみを受け入れて生き続けることが難しくなったとしても)そのときは命を守るための方法をとっさに選択するのは生き物として当たり前です。
また身体的な性差もさることながら、女性は「やめろ!」という言葉を持っていませんし(なぜか丁寧語の「やめてください」を使う)、きっぱりと断ることを良しとされる社会的な教育をあまり受けていません。
ご機嫌取りをして加害者がハラスメントを止めてくれたら苦労しないのですが、「命を取られるよりマシだ」と瞬時に自分の頭が判断した結果、迎合することや身体的抵抗をしないことにつながるのではないかと思います。
ハラスメント被害にあっている方は、はっきりと抵抗できなかったとしても、ご自身を責めないで欲しいと思います
適切な相談相手を選ぶことが大切
ハラスメントの被害者が迎合メールを送ることや身体的抵抗を取れないことについては、ハラスメント問題に携わる者にとっては共通認識となってきています。
しかしながら、冒頭に登場した男性のように、多くの人がこうしたハラスメント被害者の心理を知らないのではないかと思います。
そのため、ハラスメントの被害にあっている方は、被害を他人に訴えたときや会社に相談したときに「嫌なら嫌って言わなきゃダメだよ」とか「仲よくしてたじゃない」と言われてしまうかもしれません。
相談相手の方が自分の知識を当たり前と思わず、話を聴く姿勢を持ってくれていれば支障ありません。
そうでない場合は、問題が解決するどころか大きくなってしまうこともあります。
ハラスメントに関する相談の原則的な流れは、以下の記事にまとめていますので参考にしてみてください。
もし身近な人に相談することが難しいと感じたら、社労士など利害関係のない第三者にまずは相談してみるのも一つです。
直接あなたを救うことはできなくても、一緒にお気持ちを整理してどのような第一歩を踏み出すかを考えます。
セクハラ・パワハラの解決方法を一緒に考えます 現状とお気持ちを整理して、第一歩を踏み出すお手伝いをしますハラスメント被害者による拒否の意思表示の難しさまとめ
- 性暴力の被害者は加害者に対して「迎合メール」を送ったり、身体的抵抗を取らないことがある
- 明確な拒否の意思表示がなかったことは、合意があったとかセクハラはなかったことの証明にはならない
- 職場では上下関係があるために社交辞令やご機嫌取りのためにハラスメントに対してはっきりと拒否することは難しい
- ハラスメント被害については理解のある相談相手を見つけることが大切
参考資料
- 神坪浩喜『本当に怖いセクハラパワハラ問題』(2019)労働調査会
- 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会 第2回『セクシュアルハラスメント事案に係る分科会』議事録(2011年3月1日)」
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号 平成23年12月26日)
- 牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラです!』(2013)集英社新書