従業員とのトラブルで、よくあるご相談の2つが「休職」と「懲戒」です。
従業員が私傷病で働けなくなったときに適用するのが「休職」で、不正行為などを行った従業員を処分する際に検討するのが「懲戒」です。
この2つのトラブルは、社長さんの能力に左右されるというよりも、創業年数や会社の規模によって必ず生じてしまうものだと思います。
ただし、休職よりも懲戒の方が、準備をしておかなくてはならないことが多いので注意が必要です。
今回は、懲戒の原則についてご紹介します。
解雇を知ると懲戒が分かる!
「懲戒」とは何なのでしょうか?
まず懲戒の情報に出会うことがないですよね
なんのために知っておかないといけないのでしょうか?
従業員の不正行為等に対応するために知っておくとよいでしょう
労働契約と「企業秩序維持義務」はセット
従業員が「働きます」と約束し、会社は「お給料を支払います」と約束したら、労働契約は成立します。(民法第623条)
労働契約が成立すると、従業員は「企業秩序維持義務」を負います。
「企業秩序」は、会社が組織として共通の目的を達成するための、従業員に対する統制のことです。
この会社で働くなら組織の一員として秩序を乱す行為をしないでね、ということです。
従業員が、もし企業秩序を乱すような行為をしてしまった場合、どうなるのでしょうか。
労働契約とセットである「企業秩序維持義務」に反したのだから、労働契約の解消となるのでしょうか。
つまり、「悪いことしたから解雇ね」となるのでしょうか?
これは、「悪いこと」のレベルにもよりますが、「一発退場」のケースは非常に稀です。
刑事罰を受けるようなレベル(職場での横領や暴行、強姦など)であれば、解雇を検討するのも適切だと思います。
しかし、日本の雇用社会は、新卒一括採用、長期雇用が慣習なので「会社で教育できるかどうか」を検討することが、まず求められます。
なぜなら、「日本では解雇がむずかしい」からです。
懲戒は「制裁罰」
企業秩序を乱した者を教育するときに、「悪いこと」のレベルがそこまで高くないのであれば、注意・指導や研修を受けさせることで済むかもしれません。
ただ、「一発退場」まではいかないけれど、職場への影響も考えると社内で正式な処分が必要、という場面もあると思います。
このようなレベルの「悪いこと」に対して行う「制裁罰」が、懲戒です。
制裁を科すわけですから、会社と従業員が対等な関係のもとに結んだ労働契約において、当然に懲戒処分を行えるわけではありません。
対等な関係なのに、一方が他方を制裁するのは、おかしいからです。
そのため、会社が正式な処分として、従業員に懲戒処分を科すには、根拠が必要とされています。
企業秩序を乱す行為に対しても、まず「教育が可能か」を検討することが求められる。もし懲戒処分を科すレベルならば、根拠に基づいて行わなければなりません
懲戒のルールを明確にしておこう
懲戒は会社が従業員に制裁を科すことなんですね
対等な関係性にはなじまないから、根拠が必要になります
具体的には何を準備しておけばいいのでしょうか?
就業規則に懲戒のルールを記載しておく必要があります
就業規則に記載しておく
労働契約のもとで当然に制裁を科すことができないなら、あらかじめ、ルールを作ってお互いの約束事にしておく必要があります。
具体的には、就業規則に以下のようなことを記載して、従業員に周知しておきます。
- 服務規律を記載して、それに違反したら懲戒処分とする可能性があること
- 懲戒処分を科すときの具体的な事由
- 懲戒処分の種類と内容
- 懲戒処分を科された者の取り扱い
懲戒処分を科すときの具体的な事由には、主に以下のようなことが挙げられます。
- 重要な経歴の詐称(最終学歴や犯罪歴など)
- 職務を怠って企業秩序を乱すこと(無断欠勤、出勤不良、勤務成績不良、遅刻過多、職場離脱など)
- 業務命令にそむくこと(正社員による残業・出張・配転・出向命令の拒否など)
- 業務の妨害(正当性のないストライキなど)
- 職場規律の違反(横領、背任、窃盗、損壊、暴行、ハラスメントなど)
- 従業員としての地位・身分による規律の違反(企業の名誉にかかわる私生活上の非行、本業に支障をきたすような兼業・副業など)
私生活で起こした悪いことは、原則、懲戒処分の事由にならないことに注意してください。
業務にかかわる「悪いこと」に対してしか、会社は制裁を科すことができないからです。
たとえば、プライベートで飲酒運転をして捕まったとしても、社内で懲戒処分を科すという対応は適切ではありません。
ただし、運送会社に勤めているドライバーが、プライベートで飲酒運転をして捕まったら、企業の名誉にかかわることなので、懲戒処分を検討することが適切です。
懲戒処分の種類って?
一般的に、懲戒処分の内容と種類は、程度の低いものから順に、以下のようなものが挙げられます。
- けん責・戒告:「始末書」を提出させて将来を戒める
- 減給:1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えない範囲で減給する
- 降格:役職・職位・職能資格などを引き下げる
- 出勤停止:就労を一定期間禁止する
- 懲戒解雇:企業秩序違反に対する制裁として即時に解雇する
けん責・戒告〜出勤停止まで、労働契約を維持することが前提である懲戒処分と、懲戒解雇という労働契約の解消が前提である懲戒処分を分けて、それぞれどんな事由が該当するのか記載しておきます。
就業規則に書いていない処分はできないので、あらかじめ整備しておくことが大切です。
つまり、問題行為が起きたとか、起きたことが分かった後に、ルールを決めて処分を科すといったことは、できないということです。
就業規則の作成は、労働基準法上は「常時10人以上の従業員を使用する会社(事業場)」に義務づけられています。
しかし、使用する従業員が10人未満であっても、これから会社の規模を大きくしていこうと考えているようでしたら、就業規則を作成して会社のルールを明確にしておくことを検討するのも一つの手だと思います。
懲戒処分を科すには、根拠となる就業規則に、懲戒処分を科すことがあること、懲戒の種類・内容、懲戒事由、処分された者の取り扱いなどを定めておき、従業員に周知しておくことが必要です
懲戒ルールの運用には要注意!
細かくルールを決めておかなきゃならなくて大変ですね
就業規則に書いてある範囲でしか処分できないですからね
実際に懲戒処分を行うときに注意することはありますか?
ルールを運用するときの注意点を紹介します
運用時の3つの原則
就業規則に懲戒のルールを定めた上で、いざ懲戒処分を科さなければならないような場面に遭遇したときにも、主に3つ、気をつけなければいけないことがあります。
- 懲戒処分の根拠規定があること
- 対象となった行動が懲戒事由に該当すること
- 対象となった行動と懲戒の内容が相当であること
「1.懲戒処分の根拠規定があること」では、就業規則に懲戒ルールの定めがあること、そのルールが設けられる前の事案には適用できないこと、同じ事案に対して2回懲戒処分を行うことはできないことが原則です。
よくあるのは、「始末書」を提出させることが懲戒処分と知らずに、問題があったらとにかく始末書を提出させているケースです。
1つの事案に対して、「始末書」を提出させ、しばらく経ってから減給処分を下すと、けん責と減給の2回懲戒処分を行なったと評価される可能性もあります。
そのように評価されないよう、たとえば、減給の内容には「始末書を取り、減給をする」と定めておき、けん責処分とは違う内容だと明記しておくべきです。
「2.対象となった行動が懲戒事由に該当すること」では、たとえば、経歴詐称が発覚したとして、懲戒事由に該当するような重大なものであるかを、まずは判断する必要があるということになります。
そして「3.対象となった行動と懲戒の内容が相当であること」は、たとえば、通勤手当の申請内容に虚偽があっていきなり出勤停止とするとか、ある人にはけん責処分としたのに同様の事案で他の人には減給とするなど、問題行動と処分内容のバランスを取る必要があるということです。
また、処分を科すときには、本人に事情を説明させるなどの「弁明の機会」を与えることも必要です。
軽く頭に入れておこう
そのほかにも、実際に懲戒処分を科すと決定したら、気をつけなければならないことが多々あります。
たとえば、減給処分と決定したら金額は法違反となっていないか、出勤停止にする期間はどのくらいが妥当か、初めて懲戒処分を科すのだがどの種類に決めたらよいか、懲戒解雇にしたいくらいだが解雇をしてトラブルになったらどうするべきか・・・などなどです。
とくに懲戒解雇は、その後の他社での就労にも重大な悪影響を与える処分ですので、慎重に検討するべきです。
「〇〇したら懲戒解雇」と就業規則に定めていたとしても、懲戒ではない解雇(「普通解雇」といいます)にすることを妨げるものではありません。
懲戒のルールは多々ありますので、「気をつけなきゃいけないことがいくつかある」ことを軽く頭に入れておき、実際にそのような場面に遭遇したときに、改めて調べたり専門家に相談されるとよいと思います。
就業規則に定めた懲戒のルールを運用するときにも3つの原則を守らなければならない。「気をつけなきゃいけないことがいくつかある」ことを頭に入れておきましょう
労務トラブル対応のための懲戒制度まとめ
- 労働契約と企業秩序維持義務はセットだが、義務に違反したら当然に懲戒を科すことはできず、就業規則に根拠が必要。
- 就業規則には、懲戒処分を科すことがあること、懲戒の種類や内容、懲戒事由、懲戒を課された者の取り扱いなどを定めておき、周知しておく。
- そのほか、運用の際には、懲戒事由への該当性、処分の相当性などが求められる。