子どものころ、学校の授業が「嫌だなあ」と思ったことは、誰しもあると思います。
変な先生が多いし偉そうだし、つまらないし・・・
なのに、なぜ大人になったからといって研修が有効だと思うのでしょうか?
もちろん、法律の内容や、どんなことがハラスメントに該当しうるか、裁判ではどんなことが争われるかを知っておくことは大切です。
でも、こうした内容は、本当に聞いて欲しい人に響いているのでしょうか?
なぜハラスメント研修をやるの?
研修を行うことは会社の責務

まず、会社に対しては、つぎの2つの努力義務が課せられています。
- セクハラやパワハラについての従業員の関心・理解を深めたり、自分の言動に十分注意を払ったりするように、研修の実施その他の必要な配慮をする
- 経営者や役員自らも、セクハラやパワハラについての関心・理解を深めて、従業員に対する言動に十分注意を払う
他にも、セクハラやパワハラを防止するために、つぎの3つの措置を講じることが会社には義務づけられています。
- セクハラやパワハラを行ってはならないという会社の方針を明らかにして、それを周知・啓発すること
- セクハラやパワハラに関する相談や苦情に適切に対応するための体制を整えること
- セクハラやパワハラ問題が発生したら、速やかに適切に対応すること
1の措置の具体例として、就業規則の整備のほか、ハラスメント防止を周知・啓発するための研修や講習を行うことが挙げられています。
会社が指定する研修はやる気がでない

ハラスメント研修の実施が会社の責務になっているということは、受ける側の従業員は、会社に指定されて、ほとんど強制されてその研修を受けるということです。
好奇心旺盛な方でも、知識を身につけるよう強制されるのは、けっこうキツいと思います。
情報が頭に入っていくでしょうか?
会社からの依頼でハラスメント研修を実施するときは、聞き手のみなさんの様子をうかがっています。
当然のように居眠りをしている方がいらっしゃるわけです(私の話術の問題・・・?)。
ハラスメント研修に意味はあるのだろうか
有効性の検証をしているのか?

このように、法律で決められているから、研修を実施する会社が多いのではないでしょうか。
アンケート調査をしたりして、研修前後の効果を比較をしている事例など、ほとんど聞いたことがありません。
年に1回程度の研修をしたところで、日々のハラスメントがなくなると本気で考えている人など、どの程度いるでしょう?
いるとしたら、研修の依頼先や内容を精査したり、検証したり、真面目に取り組んでいることでしょう。
「会社で研修をしたら、パワハラ上司がパワハラをやめてくれました!」
という結果を想像するなんて、あまりにも楽観的すぎる気がします。
研修と実際の職場環境には関連がない

小手先の研修では意味がないのでは、ということを裏づけるひとつの研究結果があります。
ハーバード大学で、1971年から2002年の30年以上にわたり、アメリカの800社超の中小企業と大企業が調べられました。
調査内容は、多様性(さまざまな性別、人種、年齢、価値観の人を受け入れること)の研修と職場の多様性の相関関係です。
調査の結果は、
多様性の研修と職場の多様性との間に、直接の関連性はない
ということです。
なぜなら、多様な人を受け入れるには、少なくとも次の4つのステップがあり、それを実行することは非常に難しいからです。
- 自分の考えが偏見の影響を受けている可能性を認識すること
- 偏見がどのように働くか理解すること
- 自分が偏見におちいったときに、それをすぐに認識すること
- フィードバックや分析、コーチングを頻繁に受けること
この4つを行うことは理想であり、目指すべきなのでしょうが、実際にできる人は超人だと思います。
これは職場の多様性についての研究ですが、セクハラやパワハラを行う人は多様性を受け入れられていない可能性があるため、同じようなことがいえるのではないかと思います。
研修が免罪符にさえなり得る

研修の実施と職場環境には関連がないどころか、むしろ逆効果だとも考えられています。
人間は、好ましい行動を取ったあとに、悪い行動を取る傾向があるからです。
たとえば、2008年のアメリカ大統領選でオバマ氏への支持をあらわす機会のあった人は、その後、アフリカ系アメリカ人を差別する確率が高まったという実験があるそうです。
ここまで残酷な事例でなくても、確かに、「今日は仕事がんばったし、ケーキを食べちゃおう」という程度のことは誰にでもある気がします。
『WORK DESIGN』の著者は、次のように述べています。
職場でとりわけ悪質な差別をおこなっている人の行動を是正するために、多様性についての研修を受けさせると、完全に逆効果になる危険があるのかもしれない。
差別的なマネージャーが多様性についての研修を受けると、それにより自分が「免罪符」を得たと感じ、差別的な態度を取ってもかまわないと思いかねないのだ。
差別に関する研修を受けることにより、かえって性別間や人種間の違いが目につきやすくなる可能性も考えられる。(略)
以上の点を考えると、多様性についての研修には効果がないと結論づけざるをえない。少なくとも、どのような条件下で効果があるかを判断できるだけのデータはない。
イリス・ボネット『WORK DESIGN』
有効なのは「社長のメッセージ」と「罰」

もちろん会社は、従業員に対して、ハラスメントに関する何らかの情報提供や教育、研修は行っておくべきです。
セクハラやパワハラ被害を訴えた従業員が「会社にも責任がある」と主張したときには、会社が教育の機会を与えてないことを問題視される可能性があるからです。
ただ、ハラスメントをなくすために、研修が本当に有効であるかどうかは疑問です。
なぜなら、ハラスメント研修は「人の良心に訴えかけるもの」だからです。
ハラスメント行為をしてしまう人の良心に訴えてものれんに腕押しで、「なんの意味もない」と考えられます。
研修の実施に加えて重要なのは、会社の社長やトップが
「ハラスメント行為をした従業員をどう処分するか」を明確に伝えて、
実際にそうした行為が認められたら決めた通りに処分をすること
だと考えます。
罰の内容が明確でなければ、ハラスメント行為をしてしまう人が自分の行動を省みないですし、実際に処分を行わなければ「悪いことをしても実行されないんだ」という雰囲気が、行為者だけでなく会社全体にも広がってしまいます。
会社の罰として従業員に対し「懲戒処分」を行うためには、あらかじめ就業規則に定めをしておく必要があります。
問題が起こってから就業規則を変更しても、その事案に対しては懲戒処分を行えませんので、今一度ご確認ください。
また、被害を訴えても、調査をしてくれない、行為者を処分するどころか被害を受けている自分を異動させようとするような会社を、自分一人で改善することは困難です。そうした会社からは逃げて地道に転職活動をするのも、ひとつの手だと思います。
まとめ
- セクハラやパワハラ防止について周知・啓発するための研修や講習を行うことが、会社に義務づけられている。
- しかし、研修の実施と職場環境には関連がないという研究がある。関連がないどころか、「研修を受ける」という好ましい行動を取った後には、「差別的な態度を取る」という悪い行動を取る可能性さえある。
- 会社はセクハラやパワハラ防止のために研修や講習を行うことも大切だが、社長やトップが「ハラスメント行為をした従業員に対しての処分」を明確にして、実際に問題が起きたときにはその処分を実行することが重要。
- イリス・ボネット『WORK DESIGN 行動経済学でジェンダー格差を克服する』(2018)NTT出版
- 厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)
- 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)